ちった図書室 ~Bibliothèque de Cittagazze~

手当たり次第に読んだ本を手当たり次第に記していこうという、意気込みだけは凄い図書室。目指すは本のソムリエです。

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『われはロボット 〔決定版〕』

ロボット工学の三原則

 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。
      また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
 
 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
      ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
 
 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、
自己をまもらなければならない。

                   ――『ロボット工学ハンドブック』
                         第五十六版、西暦二〇五八年



「ロボット」という言葉がカレル・チャペックにより「発明」されたのが1920年。
元は「労働力」「隷属」を意味する言葉であり使役するものだった。
そこにロボットの反乱と、ロボット同士の愛情が描かれる。

ロボットは、まだ人間にとって親しい友ではなかった。

しかし、現在はどうだろう。
特に日本人はマンガやアニメの影響か、特にロボットに親しみを抱いている様に思う。

2014年、家庭用愛玩ロボットを自作しよう、という雑誌が人気により再刊行された。
『週刊 ロビ』【デアゴスティーニ・ジャパン】である。

かくいう私も惹かれた一人だが、完成する頃には結構な金額(約15万円)になっているようなので諦めた。
この「ロビ」というネーミングはおそらくこのアシモフへのオマージュだろう。
(お掃除ロボット・ルンバで有名な「iRobot社」等々、挙げれば名前だけでも枚挙に暇がないが)

「ロビイ」は子守り用ロボットなのだ。
少女グローリアとロビイの絆の深さが、ロボット心理学者スーザン・キャルヴィンの邂逅によって語られる。

ロボットに心があるのか?
アシモフ作品の中では、ロボットは親しい友であり、恐怖の対象であり、人間から仕事を奪う敵でもある。
もちろん、使役するものでもある。
そんななか、キャルヴィン博士は同僚に「ロボットの姉さん」と揶揄されるほどの存在だ。

女難の相ならぬロボット難の相が出ているに違いないエンジニア、グレゴリイ・パウエルとマイケル・ドノヴァンも現場で働く人間の悲哀を漂わせる。
「堂々めぐり」「われ思う、ゆえに……」「野うさぎを追って」「逃避」に登場するロボットがそれだ。
二人が出会う個性的で困ったロボット、特に「われ思う、ゆえに……」の「主を見い出したロボット」には怖さと不思議な魅力が混在しているように思う。

「うそつき」「迷子のロボット」「証拠」はこの短編集のなかでもお気に入りだ。
ちょっとゾッとする面もあるけれど、読めば読むほど深い味わい。

「うそつき」には人間の心を読めるロボットが登場し、キャルヴィン博士までもが理性を失う。
「迷子のロボット」はロボットとの手に汗握る、皮肉な知恵比べ。
「証拠」では人間とは何か、という事を考えさせられる。

「災厄のとき」からは手塚治虫の『火の鳥(未来編)』を連想した。
『火の鳥』には「ロビタ」という名の子守りロボットも登場するので、的外れではないだろう。


最後に、本書を小尾芙佐訳で出会えたことにも感謝したい。
原題「I,ROBOT」を数ある日本語の一人称から「われ」としたことに多大なるセンスの良さを感じるからだ。
「われ」には尊大な程のプライド、自我が含まれている様に思う。
そして「所有されるもの」という意味もある。

「われはロボット」。
この言葉が、短編集一つ一つの作品を見事に貫いているのだ。





| アイザック・アシモフ | 17:34 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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