ちった図書室 ~Bibliothèque de Cittagazze~

手当たり次第に読んだ本を手当たり次第に記していこうという、意気込みだけは凄い図書室。目指すは本のソムリエです。

2009年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年05月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

『お江戸吉原ものしり帖』

不思議な不思議な「ありんす国」。
道順、お作法、行事等々がぎっしり詰まった一冊。
まるで当時の吉原へタイムスリップした様な気分になる。

吉原土手(現在の土手通り)から衣紋坂を通って、見返り柳を過ぎると大門である。
出入り口は大門のみ。

大門の前で道がカーブしているのが、今の地図からも分かる。
五十間道だ。
鉄漿溝(おはぐろどぶ)でぐるりと囲まれて、大門からは街道も見えない。

遊女が外の世界を見て里心を起こさぬよう。
または遊びに来た男たちに別世界なのだと思わせるよう。
諸説はあるが、そんな理由で設えてあるらしい。

そんな閉鎖された中で遊女三千人ともいわれる程の女たちが過ごしていたのだ。


つい気になってしまうのは、
「第一級の花魁(太夫)と同衾するには幾らかかるのか?」
ということではないだろうか。

まず花魁をかかえる大店には、茶屋を通して紹介してもらわねばならない。
羽振りの良さも鋭く目利きされる。

会えることになった一回目の「初回」では顔を見るだけ。
二回目の「裏」ではちょいと話をする程度。
そしてやっと三回目。
「馴染み」となって床を共に出来るかは、花魁に気に入ってもらえるかどうかにかかっている。
野暮な態度はもっての外。
豪華なプレゼントも必要だろう。
この間ずっと、花魁が上座で客が下座だ。

晴れて「馴染み」になれれば、揚げ代(費用)は一晩一両二分。
道中も合わせると二十両はかかったとか。
妹女郎や男衆、太鼓持ちなど、花魁の身の回りにいる人たちへの心付けも忘れてはならない。

そもそも「花魁道中」いうのは花魁が「揚屋」または「引手茶屋」へ移動するときに行うもの。
一両が大体サラリーマンの平均月収くらいらしいから大変だ。
(貨幣価値を換算するのは難しいので、ここでは本書のとおりに記す)

華やかな四季折々の行事は吉原の書き入れ時。
面白いことに吉原では門松を店の方に向けて立てたらしい。
向かいの店と背を合わせる形になる。
この背中合わせの松飾を詠んだ川柳がある。

「松飾り 後ろを向ける別世界」

春は花見だ。
映画「さくらん」で吉原一面に桜が咲くシーンがあるが、あれは何も特別な事ではないらしい。
桜見物も廓内での行事のひとつ。

毎年、背を低く育てた開花間近の桜を植え込むのだそうである。
そして、見事に咲かせるのが植木屋の腕の見せ所。

「夜桜を 見せ山吹をひつたくり」
と川柳にあるとおり、花見の四月は衣替えをしなければならず、費用の捻出に頭を悩ます遊女たちには格好の稼ぎ時だった様だ。
何せ、自分だけじゃなく妹女郎の面倒も見なければならない。
お気づきとは思うが、ここでいう「山吹」は時代劇でも耳にする「山吹色の菓子」、小判である。


女である身の私にとって、「男の天国女の地獄」を痛切に感じる事は、やはり病気や妊娠についてである。
一応、詰め紙をするというアテにならない避妊法はあったらしい。
が、それでも望まぬ妊娠を、誰とも分からない人の子を宿してしまったら……。
やはり堕胎させられてしまう。

それも、稼ぎのいい女郎は医者を呼んでもらえるが、そうでない場合は「遣手婆」が行う事になる。
ほおずきの根などを子宮へ差し入れ胎児を突付き殺すという恐ろしい方法で。
当然、そんな事では母体も無事では済まない。最悪、死んでしまう。

病気についても同じこと。
死んだ女郎は近くの浄閑寺に投げ込まれる。
浄閑寺には「投げ込み寺」という異名があるくらいだから、どれだけ頻繁だったかは想像に難くない。
現在では慰霊塔が建っているという。


その「地獄」から死ぬこと以外に抜け出す方法は、身請けされるか年季が明けるか。
実はもう一つある。
27歳の暮れで遊女は「定年」を迎えるのだ。

しかし、行き場のない遊女は店を追い出されるだけ。
更なる「地獄」が待っている。
最下級の切見店に行く事になるのだ。
掛け布団も、トイレも無い。避妊の為の紙も硬い粗悪品。
……身がすくむ思いがする。


最後に今でも使われる言葉、「源氏名」の由来をご紹介しよう。
元々は、『源氏物語 五十四帖』の各章からとっているのだとか。
そして、代々妓楼に伝わる名を継いでいく。
だから最高の太夫名「高尾」は時代を超えて何人も存在する。
よく見る名前に「瀬川」もある。

知れば知るほど「ありんす国」は奥が深い。
そして、哀しい。

「この世は苦界にございますよ
気に入ることなんかひとつだって ありゃしねえんだよ」

                       『さくらん』(安野モヨコ)より









【関連】映画「さくらん」公式サイト(*音注意)

  


| 江戸文化 | 22:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT