ちった図書室 ~Bibliothèque de Cittagazze~

手当たり次第に読んだ本を手当たり次第に記していこうという、意気込みだけは凄い図書室。目指すは本のソムリエです。

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『ハプスブルクの宝剣』

アイデンティティーや自己の確立というものは、程度の差はあれ、誰しも痛みや迷いを伴うものだと思う。
少し前に流行った言葉だと「自分探し」だ。


エリヤーフーの場合、それは個人的なことで済むものではなかった。
時代が18世紀であったこと。
そして何よりも、彼がユダヤ人であったこと。

幼い頃から非凡な才能を発揮していたエリヤーフーは、少年期から青年期をベネツィア共和国で過ごした。
それは宗教的指導者「ラビ」になる為の修業の一環としての留学。

しかし、周囲の期待に反して彼が得たものは「自由」と「和合」の精神だった。

ユダヤ人が差別される不平等な時代。
馬車道を歩かねばならず、決められた区画で、決められた範囲の職業にしか就けなかった時代。
エリヤーフーは己のアイデンティティーを守るために「和合」を捨てて「自由」に賭けた。
片目を失っても、名をエドゥアルトに変えても、改宗してさえも、改めて生きなおすことを決意したのだ。

そんな彼を救ったのが、ロレーヌ公子、後の神聖ローマ皇帝フランツ・シュテファンである。
デドゥアルトを「エリヤーフー」と知りながら保護し、親友とする大胆さと分け隔てない心に惹きつけられる。

フランツの共犯ともいえる側近、ジャカンとヴァランタンの二人が、歴史上の人物「フランツ・シュテファン」像に厚みを持たせる役割を担う。

ジャカンは洒落者で財政管理に長けるという側面を。
ヴァランタンは古金貨蒐集家という学者的な側面を。
この二人を配置することで、フランツの陽気で快活な人間的魅力にスポットを集中させているのは流石だ。

そして、エドゥアルトが恋し、また愛された女性。
フランツと婚約中で、まだ夢見る少女、後のハプスブルク女帝マリア・テレジア(テレーゼ)。


Maria-Theresia


結婚をしたマリア・テレジアが戦争の最中次々と出産していたという史実に、私はずっと首をかしげていた。
そんな余裕があるのかしらね、と。
しかし、本書を読んで「愛」が必要だったのだと分かった。
権謀術数渦巻く宮廷で神経を尖らせ、父親から譲り受けた領土を次々と奪われる心細さと屈辱に、愛を求めずにはいられなかったのだろう。


作中では愛憎の念が入り混じるエドゥアルトへの想いをフランツにぶつけるテレーゼ。

ポーランド王位継承戦争で歴戦の強者オイゲン公(プリンツ・オイゲン)の命を救ったエドゥアルトは「ハプスブルクの宝剣」の名を与えられる。
また、この戦で己の写し鏡の様な野望を持つ、プロイセン王太子フリードリヒ2世と出会う。

オイゲン公の後継者、竜騎兵連隊長ルートヴィヒ・アンドレーアス・フォン・ケーフェンヒラーも登場し、そうそうたる顔ぶれだ。
それぞれのバックボーンがしっかりと描かれ、多角的な視点でそれぞれの登場人物像と時代背景を固めている。

野望と攻撃的な大胆さを描くのは、藤本ひとみ氏の得意とするところ。
読んでいてゾクゾクするような熱気と疾走感がたまらなく面白い。

特にフリードリヒ2世と対峙した後のエドゥアルトの再生と、恋する女「テレーゼ」から女帝「マリア・テレジア」へと目覚める過程が鮮やかに、力強く描かれる。

読了後、「ハプスブルクの宝剣」が存在しなかった、とは思えなくなるほどに。




| 藤本ひとみ | 10:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『マリー・アントワネットの恋人』

フランス王妃を 「トワネット様」 と子供の頃からの愛称で呼ぶ男。
ルーカス・エリギウス・フォン・ローゼンベルク。
オーストリア人。
アントワネットお気に入りの幼馴染。
なによりもアントワネットより七歳年下でありながら「人を指に巻く娘」、つまり他人を自分の思うがままにさせてしまう術を教えてしまった人物である。
綺麗に嘘泣きをする方法、他人より目立つ方法、欲しい物を手に入れる方法。

ルーカスにとっては厳しい寮生活で身に着けた処世術であったのだけれど、アントワネットは学業そっちのけで「人を指に巻く」方法を吸収してしまった。
こうして出来上がったのが「赤字夫人・マリー・アントワネット・フランス王妃」だ。

故郷オーストリアで持ち上がったのが「アントワネット再教育計画」。
齢三十を過ぎて「再教育」などと真に恥ずかしい話だが、のっぴきならない理由があった。
バスティーユ監獄がパリ市民によって襲撃に遭い陥落したのである。
三部会が開かれたがそれもままならず、にらみ合いの中に上がった革命の狼煙。

トスカナ大公レオポルド、更には神聖ローマ皇帝ヨーゼフ二世というアントワネットの兄達によって「再教育計画」はルーカスに委ねられた。
ハプスブルクが不肖の娘の為に放った密使である。

ヴェルサイユで再会したアントワネットに、ルーカスは愕然とする。
二十年の歳月を経て全く成長していない「娘」の姿。
見た目は大人、頭脳は子供、その名はマリー・アントワネット様!

あまりに荷が重い役目の中、ルーカスは孤軍奮闘、八面六臂の活躍をみせる。
ラファイエットで民衆を抑え、ミラボーやバルナーヴで議会を執り成す。
目指すは君主制の維持である。
そして、王妃の再教育。
パンを買うために凍死する人々の姿を、今までアントワネットが「神から与えられた権利」と主張するものが、民衆の命の上に成り立っていることを教えなければならない。

一方、虚しくもフェルセンとの甘い時を楽しみ続けるアントワネット。
革命と王妃の迷走は止まらない。

ルーカスは強く責任を感じていた。
アントワネットを愛おしく思っている自分を自覚してもいた。
「王妃を助けたい」それこそが本心だ。

そして遂に、ロベスピエールが登場する。
後に恐怖政治で次々と断頭台に反対派を送り込み、テロ(Terreur/テルール)の語源を作った人物である。
しかし、名を残す政治家の多くがそうであるように、初期の頃は「平等」という理想に燃えていた。

ダントン曰く……。

「ロベスピエールというのは、人間というより、そういう名前の一種の熱病だと思った方がいい」


その言葉どおり、ロベスピエールの演説を聞いたルーカスは変わる。
今まで景色と同様だと思っていた市民の暮らしに目を向けるようになる。
人間は皆平等であり、「財産」は土地や金品、名誉、地位ではないということ。

それでも、いや、だからこそ、ルーカスは一層アントワネットを守ろうとする。
己の責任を取るために。
心の中で共和制を肯定していても、あらゆる策をしかけて君主制の維持に奔走する。
全てはアントワネットの為に。

だが、かわいそうなフランス王妃は気づかない。
本当に自分を守ってくれている人物が誰であるのかを。
都合の良い言葉だけを聞き、責任の放棄のみを口にして、心にあるのはフェルセンとの甘美な時間と民衆への復讐心。

幕切れは突然訪れる。
とてもルーカスらしいのだが、なんともいえない哀しさと情熱が残る。

ギロチンの刃が落ちるまで、アントワネットは気づかなかっただろうか。
本当に愛してくれた恋人は誰だったのかを。







藤本ひとみ『マリー・アントワネットの生涯』 と前後して読むのもオススメです。


| 藤本ひとみ | 01:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『マリー・アントワネットの生涯』

ソフィア・コッポラ監督の映画「マリー・アントワネット」は、なかなか斬新だった。
内容らしい内容がないのである。
キルスティン・ダンスト演じるアントワネットが、ヴェルサイユでただひたすら遊び続けるだけ。
色とりどりのマカロン、ハイヒール、ドレス、賭け事に色事……。
それだけ。

Antoinette


でも、たぶん本当にそれだけだったのだと思う。

藤本ひとみ氏はこう考察する。
遺伝による不幸だと。

母は女帝マリア・テレジア。
出産しながらも書類に目を通していたという女傑にして数か国語を操る才女。外交に長け戦争にも強い。
父はロートリンゲン公国の公子フランツ・シュテファン。
マイペースな貯金上手。

上記に挙げた両親の長所を、全く引き継がなかったのである。
ただ、母の頑固なまでのエネルギッシュさ。
そして、フランス語以外ほとんど話せず、細かいことは気にしない、という父の軽薄さのみを受け継いでしまったのだ。

これが普通の家庭なら「ちょっと困ったかわいい奥さん」で済んだかもしれない。
それが一国の王妃になってしまった。
しかも、夫であるフランス国王は弱気で王妃の言いなりである。

……フランスの人、大変だったろうなぁ……。

目も当てられない惨状に思わず天を仰いで呆然としてしまう。
革命起こしたくもなるわな、それは。

しかし、王様は大事だ。王様は太陽なのだ。
フランス国民は王を愛し、頑張っていた。

だが、国王一家は国外逃亡を計る。「ヴァレンヌ逃亡事件」だ。
……国民を捨てた王はもう王ではない。

あれよあれよのうちに共和制が誕生。
ルイ16世は「王であること」が罪として処刑になる。

ところがどっこい、アントワネットはまだしぶとく生き残ろうとする。
何度も持ち上がる逃亡計画に積極的に加担し、フランスをオーストリアに売り、断頭台に消えた夫に罪をなすりつける。
『ベルサイユのばら』終盤の潔いアントワネットは幻想なのだ。

最後の最期まで、間違った方向に突っ走り続けた。
ここまでくると死に値する罪は十分すぎるほどだったと言わざるを得ない。


さて、藤本氏の遺伝による不幸諸々説も真に尤もだが、私自身が身をもって感じたことが一つある。

以前、旅行で訪れたスウェーデンのストックホルム宮殿でのことだ。
厚い石の壁でかこまれた、むせ返る程飾り立てられた内装や調度品の数々。
普通の人間が長期間滞在したら頭のネジが弛んではじけると思った。
それほど、王家と民草とは遮断されているのだ。
奇しくもスウェーデンといえばアントワネットの恋人フェルセンの国……。

王宮のような隔絶された場所で「普通の女」であるアントワネットが育ち、また更にゴージャスな場所に嫁いでしまった。
革命時代の王妃になれというのがもう無理な話であろう。

流れた血の多さを考えれば「不幸」で済む話ではないが、巡りあわせの悪さを思わずにはいられない。
やはり、呆然と天を仰いでしまうばかりだ。





ファッションを楽しむなら良し!歴史ものとして観るなかれ。



| 藤本ひとみ | 20:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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