ちった図書室 ~Bibliothèque de Cittagazze~

手当たり次第に読んだ本を手当たり次第に記していこうという、意気込みだけは凄い図書室。目指すは本のソムリエです。

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

『八月の博物館』

「暑い、暑い」と言いながら読みたいと思った。
セミの声を聞きながら読みたかった。
約十年ぶりの再読である。

心のなかで「まだ読めていない」と引っかかっている本だった。
読み終えて、地球が自転する限り「フーコーの振り子」が動き続けるように、私も確かに動き続けていたのだと実感した。
「やっと読めた」という充足感を得た。
そして、まだまだ動き続けていくのだという未来を確信できた。

本書は瀬名作品によくみられる「入れ子構造」になっている。
いくつもの「物語」が同時に進み、関わり合いながら集約されていく。
「物語」と「物語」の“繋がり”こそが、本書の重要なテーマだ。

エンデの『はてしない物語』が、バスチアン、アトレーユ、読者、と繋がっていくように。

本書のバスチアンは“物語に感動できなくなった作家”だ。
彼は打開策を得ようと、子供の頃に一度だけ行ったことがある「不思議な博物館」へ自分の分身を向かわせる。
そうして、アトレーユ役“トオル”の冒険が始まる。


行き先は、エジプトのサッカラ。
博物館の案内役である少女、美宇と共に考古学者のオーギュスト・マリエットを訪ねる。
マリエットは「聖牛・アピス」の墳墓「セラペウム」を発掘した人物だ。
オペラ「アイーダ」の原作者でもある。

トオルと美宇は1867年のパリ万博にも訪れる。
日本が初めて参加した国際博覧会だ。

二人は様々な博物館、美術館を巡る。
全ては「作家が物語を書く為」に。

雑多なヴンダーカンマーを整理して、それぞれの物語を語るのが博物館の役目だと美宇は言う。
それには「作家」が必要なのだと。

美宇の父親、満月博士は「見せ方」の大事さをトオルに語る。
如何にして見せる物を「魅せる」か。
効果的に、分かりやすく、楽しく、面白く、時に驚かせて。
どうしたら興味を持ってもらえるのか。
それが博物館の役目であり、作家の役割であるのだと。

ゴタゴタしたヴンダーカンマーの中の物にも、ひとつひとつに説明文をつければ、そこには物語が生まれる。
それは「展示品」になる。
そうやって見てもらう物と見る人を“繋げる”のが「博物館」だ。


初めて本書を読んだ時は邪魔にさえ感じた「作家」という役割。
しかし、こうしてブックレビューを書くようになった今、それは全く逆になった。

私は時空を超えて冒険する「トオル」じゃない。
悩める「作家」の方だ。おこがましいけれど、気持ちはこちら側。

そして、本書を読んでいる「読者」であり、更には本の「紹介者」だ。
本の魅力をどうご紹介しようか、ということに腐心する。

そうやって出来上がったこのブログは「私が作った博物館」だと思う。

物語はすすんでいる。

物語はすすみ、物語は続いていく。
もし、このレビューを読んで下さった方に『八月の博物館』を手に取っていただけたなら、それこそが“繋がり”であり、新しい物語の続きなのだと思う。

本を読む。
これは紛れもない冒険であると思う。
その「冒険の扉」へのご紹介ができたなら、これほど嬉しいことはない。

トオルと美宇のように、今日も私は新しい扉を開ける。
それには呪文が必要だ。

「ひらけ、ゴマ!」





| 瀬名秀明 | 12:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

『幼年期の終り』

「あなたは自分のお部屋にいらっしゃい。どうしてって?だって、それが一番安全だもの。そうでしょう?」

ゲームをしながらママの手づくりのお菓子を食べて、本を読んで。
ママに取り上げられちゃったゲームもあるけど、その方がいいのかな。
悪口を言うクラスメイトもいない。
勉強だって、無理にしなくていい。
ママに言えば一番良い方法を全部教えてくれる。

……でも、どうして?



始めは良かった。
地球に飛来した宇宙人はなんでも与えてくれて、問題の解決方法を優しく教えてくれる。

与えられた“非日常”への高揚感にワクワクした。
しかし、次第に居心地の悪さを感じるようになる。
全てを管理されて、刺激のなくなった“日常”への退屈。

そして湧き上がる“疑問”。
どうしてそこまで守られなければいけないのか?

「ママはあなたが羨ましいわ。あなたには未来があるもの。そうでしょう?」

未来?
どんな未来?
あれ、おかしいな。
みんな何処かに行くみたいだよ。
ホラ、お隣の子も、お向かいの子も。
私は行っちゃダメなの?

「残念だけれど、あなたは歳がいきすぎているから行けないの」

どうして?

「パパがそう決めたから。ママだって本当は行きたいのよ」



与えられたのは“平和”ではなく、“隷属”ではなかったか。
他の介入でコントロールしようとするのは、プリミティブな文化への否定ではないだろうか。
今まさに、ジャングルの奥地で行っていることと同じなのではないだろうか。


本作はどうもキリスト教思想が強すぎる様に感じる。
クラークの宗教観から見て、キリスト教へのアンチテーゼなのではないのかと思うのだがどうだろう。
なかなか消化できずにいる。







2017年、新訳地球幼年期の終わり【新版】 (創元SF文庫)が発行されました。
他に幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)も2007年に発行されています。

私が書いたレビューは1979年発行の福島正実氏訳の幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341)です。

福島氏のノスタルジックで温かみある文体がとても好き。

| SF | 20:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

『月は無慈悲な夜の女王』

月。
見上げる月は、とても美しい。
夜だけでなく昼に見える月も。

けれど、そこに人が住んでいたら私は同じように「美しい」と感じるだろうか。
そこが流刑地で、罪人だと思っている人々が沢山住んでいる場所だったとしたら……。
やはり「美しい」と感じるだろうか、それとも「忌まわしい」と忌避するだろうか。
想像力が追い付かないけれど、「今」と違う感じ方をする事だけは、なんとなく分かる。

作中、主人公をはじめとする月世界人は地球人を「地球虫」と呼ぶ。
JAXAの月周回衛星「かぐや」が見せてくれた地球の姿はとても美しかったが、月世界人は「美しい」とは思わないだろう。
たとえ、それが故郷だったとしても。


重力が地球の1/6、長命、男女比の差から結婚の形態も全く異なる月世界。
主人公のマヌエルはエンジニアだ。
それも、かなり重要なポジションに居る。
月世界の全てを司るコンピュータ「マイク」と友人関係を築いている唯一の人間だからだ。
マヌエルの仕事はマイクの「ちょっとしたイタズラ」や「ちょっとしたジョーク」を嗜める事。

そして、マヌエルはあれよあれよという間に地球へのクーデターに巻き込まれてしまう。
少数精鋭の〝彼ら”が思いついた地球への攻撃方法はもっとも原始的なやり方だ。
笑ってしまうほど原始的な……。


読んでいてマイクの成長が少し怖いな、と思った。
坊やから大人への華麗なる成長。
それは、予測を遥かに超えてしまう存在への恐怖だ。

老獪ながらチャーミングなデ・ラ・パス教授、熱心な女性革命家のワイオ、マヌエルを包み込むマムの存在。
全ての人物に独特の厚みがある。
性格や位置関係など全く違う文化なのにマヌエルの目を通して、すんなり感情移入できてしまう。
ストーリーのスピード感も魅力的だ。


作中、繰り返される言葉がある。

「無料の昼飯はない!(タンスターフル!)」

革命っていうのは往々にして、こういうものなのだろうなと思う。
いつか、どこかで対価を支払わねばならない。

そして、作中、彼らが支払った「昼食の代金」とは……。


読んでいる間は、とにかく痛快!
デ・ラ・パス教授にやられた~!と思ったり。
マムに癒されたり。

読了後は、ちょっと淋しい。
けれど、どこにいようと「人間は人間なのだ」と、月を見上げて思う。
そのうち、これが火星になるかもしれないな、とも。


『夏への扉』 とも甲乙つけがたい面白さ。
どちらも哀愁のある〝人間臭さ”が好きだからだ。





カバーイラストが美しい……!

| SF | 09:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT