ちった図書室 ~Bibliothèque de Cittagazze~

手当たり次第に読んだ本を手当たり次第に記していこうという、意気込みだけは凄い図書室。目指すは本のソムリエです。

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『小説版 ドラえもん のび太と鉄人兵団』

期待以上!
原作と1986年公開の映画版をベースに、ストーリーに説得力を加えながら見事にノベライズされています。
なにせ、『デカルトの密室』 等でロボットのケンイチくんを書いた瀬名氏がリルルを描くのだからどうなるのだろう、と身構えて読み始めたのだけれど……。
あれれ?
良い意味でそちらの期待は裏切られました。

そこにあるのはいつもの「ドラえもん」の世界。
のび太の日常にクスクス笑いながら読み進めていくうちに、自然とドラえもんワールドに入ることが出来ました。
舞台を20世紀から21世紀の「今」に移しているけれど、それも全く違和感なし。
大山のぶ代さんが、エッセイ 『ぼく、ドラえもんでした。』で書かれていた優しさモワモワ が、確かにここにもありました。

また、重要なポジションでゲストに星野スミレを登場させていることも藤子・F・不二雄先生ファンには嬉しいところ。
大人になったスミレちゃんが遠くにいるミツ夫くんを想い続けているという描写も。
もう一人、任紀高志も登場!
『エスパー魔美』 に登場する歌手ですね。
F先生のファンとしてはまた嬉しい演出です。

描かれているのは、心のつながり。誰かを想う気持ち。
その中心に「リルル」がいるのです。
しずかちゃんとリルルのつながり。
皆をまとめようと男気で踏ん張るジャイアンの、そして、勇気を振り絞るスネ夫の、仲間を想うつながり。
地球の為に戦うのび太とドラえもん、そしてそれをバックアップしようとするスミレのつながり。
子供たちを想うパパやママのつながり。

「つながり」や「想い」は何にも代えられない歓びを与えてくれるものなのだと、ラストシーンを読んで胸が熱くなりました。





原作はこちら!

| 瀬名秀明 | 04:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『八月の博物館』

「暑い、暑い」と言いながら読みたいと思った。
セミの声を聞きながら読みたかった。
約十年ぶりの再読である。

心のなかで「まだ読めていない」と引っかかっている本だった。
読み終えて、地球が自転する限り「フーコーの振り子」が動き続けるように、私も確かに動き続けていたのだと実感した。
「やっと読めた」という充足感を得た。
そして、まだまだ動き続けていくのだという未来を確信できた。

本書は瀬名作品によくみられる「入れ子構造」になっている。
いくつもの「物語」が同時に進み、関わり合いながら集約されていく。
「物語」と「物語」の“繋がり”こそが、本書の重要なテーマだ。

エンデの『はてしない物語』が、バスチアン、アトレーユ、読者、と繋がっていくように。

本書のバスチアンは“物語に感動できなくなった作家”だ。
彼は打開策を得ようと、子供の頃に一度だけ行ったことがある「不思議な博物館」へ自分の分身を向かわせる。
そうして、アトレーユ役“トオル”の冒険が始まる。


行き先は、エジプトのサッカラ。
博物館の案内役である少女、美宇と共に考古学者のオーギュスト・マリエットを訪ねる。
マリエットは「聖牛・アピス」の墳墓「セラペウム」を発掘した人物だ。
オペラ「アイーダ」の原作者でもある。

トオルと美宇は1867年のパリ万博にも訪れる。
日本が初めて参加した国際博覧会だ。

二人は様々な博物館、美術館を巡る。
全ては「作家が物語を書く為」に。

雑多なヴンダーカンマーを整理して、それぞれの物語を語るのが博物館の役目だと美宇は言う。
それには「作家」が必要なのだと。

美宇の父親、満月博士は「見せ方」の大事さをトオルに語る。
如何にして見せる物を「魅せる」か。
効果的に、分かりやすく、楽しく、面白く、時に驚かせて。
どうしたら興味を持ってもらえるのか。
それが博物館の役目であり、作家の役割であるのだと。

ゴタゴタしたヴンダーカンマーの中の物にも、ひとつひとつに説明文をつければ、そこには物語が生まれる。
それは「展示品」になる。
そうやって見てもらう物と見る人を“繋げる”のが「博物館」だ。


初めて本書を読んだ時は邪魔にさえ感じた「作家」という役割。
しかし、こうしてブックレビューを書くようになった今、それは全く逆になった。

私は時空を超えて冒険する「トオル」じゃない。
悩める「作家」の方だ。おこがましいけれど、気持ちはこちら側。

そして、本書を読んでいる「読者」であり、更には本の「紹介者」だ。
本の魅力をどうご紹介しようか、ということに腐心する。

そうやって出来上がったこのブログは「私が作った博物館」だと思う。

物語はすすんでいる。

物語はすすみ、物語は続いていく。
もし、このレビューを読んで下さった方に『八月の博物館』を手に取っていただけたなら、それこそが“繋がり”であり、新しい物語の続きなのだと思う。

本を読む。
これは紛れもない冒険であると思う。
その「冒険の扉」へのご紹介ができたなら、これほど嬉しいことはない。

トオルと美宇のように、今日も私は新しい扉を開ける。
それには呪文が必要だ。

「ひらけ、ゴマ!」



| 瀬名秀明 | 23:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『第九の日』

今こそ旅立ちのとき。
立ち上がって進むのだ。
生まれよ。 生まれよ。
第九の日の夜明けを迎えよ。

       レイ・ブラッドベリ 「救世主アポロ」より



本書は以下四編からなる短編集であるが、作品の性質上 「決闘」 のみのレビューに止めようと思う。

「メンツェルのチェスプレイヤー」
「モノー博士の島」
「第九の日」
「決闘」


「メンツェルのチェスプレイヤー」エドガー・アラン・ポー著『モルグ街の殺人』のネタバレを含んでいる
未読でネタバレが嫌、という方は『モルグ街』をお先にどうぞ。

特に 「モノー博士の島」 だけは H・G・ウェルズ著『モロー博士の島』を先に 読まれることを強くお勧めする。
あのなんともいえない厭な感じ……。
獣性、醜悪さ、歪み、嫌悪。
『モロー博士の島』を先に読む事 で、より不気味な歪みが浮き彫りになる。

「第九の日」C・S・ルイス著『ナルニア国ものがたり』 の登場人物が象徴的な役割で登場する。
こちらは一作目の『ライオンと魔女』を是非に。


さて、ここからが 「決闘」 のレビューである。

初めて読んだ後、どうしようもなく心が震えた。
何がどうなっているのか分からない。
ただ「美しい」と感じた。
けれど、何がどう美しいのか分からなくて困惑した。

再読して、「何が」の部分が分かった気がする。
私の中で困惑していた心が落ち着いた。

これは“始まりの物語”なのだ、と。

『デカルトの密室』 では「ユウスケ」と「レナ」という登場人物として、いわば作中作で描かれた、尾形祐輔と一ノ瀬玲奈。

今作で、やっと生身の祐輔と玲奈に会えた。
特にクールビューティーの玲奈には、一層人間臭さを感じて安心した。

ある事件が原因で、祐輔は「生きること」と決闘する。
「心と身体の痛み」を越えて共に生きることを。
それは、「第九の日」 で投げかけられたテーマでもある。

そしてこの作品で、祐輔と玲奈は、やっと「生まれた」のだと思う。

“心はどこにあるのか”。
二人がロボットに対して見つけようとしてきたことだ。

しかし、今度はお互いでそれを見つけようとした。

生まれること。
生きること。

「決闘」の果てに祐輔が見つけたものは「愛」だった。
闘わなければ得られないことである気がする。
他人とでなく、自分自身との闘いだ。

そして、もう一度「メンツェルのチェスプレイヤー」「モノー博士の島」「第九の日」「決闘」を読み直して確信する。

これは“愛と始まりの美しさを描いた物語”なのだ、と。





  

| 瀬名秀明 | 18:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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