ちった図書室 ~Bibliothèque de Cittagazze~

手当たり次第に読んだ本を手当たり次第に記していこうという、意気込みだけは凄い図書室。目指すは本のソムリエです。

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

『武士道というは死ぬことと見つけたり』

侍のバイブル『葉隠』をマンガ解説された本書。

非常に分かりやすく書かれているが、それでも私には難しかった。
「なるほどな」と思う事もあれば、「うーん……」と頭を抱えてしまう事もある。
素直に「得心致しました」とはなかなか言い難いのである。

ただ、一番有名で本書のタイトルでもある文言は
「何事も命がけ、死ぬ気でやれ」
ということなのだろうと私なりに理解はしたつもりだ。
まぁ、これも本書からの引用なのだが。

仏道の「一日一生」を、武士道では「一日一死」という。
確かに人は、命あるものは、一日ごとに死に向かっていく。
いつもと変わらぬ明日がくる保障はどこにもない。
だからこそ
「死ぬことと見つけたり」=「死ぬ気でやれ」
なのだ。
それがもっとも「よく生きる」ということ、後悔の無いやり方なのだろう。

いつ詰腹を切らされるか分からない武士社会において「死」と「生」は同等だったのだろう。

武士道というは死ぬことと見つけたり

武士の覚悟が見えてくる、美しい言葉ではないかと思えてきた。
そして、現代でも通じるものは同じではないかと。




題字がいいなぁ、と思ったら『えんぴつで奥の細道』などの大迫閑歩氏でした。


| 江戸文化 | 13:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

『お江戸吉原ものしり帖』

不思議な不思議な「ありんす国」。
道順、お作法、行事等々がぎっしり詰まった一冊。
まるで当時の吉原へタイムスリップした様な気分になる。

吉原土手(現在の土手通り)から衣紋坂を通って、見返り柳を過ぎると大門である。
出入り口は大門のみ。

大門の前で道がカーブしているのが、今の地図からも分かる。
五十間道だ。
鉄漿溝(おはぐろどぶ)でぐるりと囲まれて、大門からは街道も見えない。

遊女が外の世界を見て里心を起こさぬよう。
または遊びに来た男たちに別世界なのだと思わせるよう。
諸説はあるが、そんな理由で設えてあるらしい。

そんな閉鎖された中で遊女三千人ともいわれる程の女たちが過ごしていたのだ。


つい気になってしまうのは、
「第一級の花魁(太夫)と同衾するには幾らかかるのか?」
ということではないだろうか。

まず花魁をかかえる大店には、茶屋を通して紹介してもらわねばならない。
羽振りの良さも鋭く目利きされる。

会えることになった一回目の「初回」では顔を見るだけ。
二回目の「裏」ではちょいと話をする程度。
そしてやっと三回目。
「馴染み」となって床を共に出来るかは、花魁に気に入ってもらえるかどうかにかかっている。
野暮な態度はもっての外。
豪華なプレゼントも必要だろう。
この間ずっと、花魁が上座で客が下座だ。

晴れて「馴染み」になれれば、揚げ代(費用)は一晩一両二分。
道中も合わせると二十両はかかったとか。
妹女郎や男衆、太鼓持ちなど、花魁の身の回りにいる人たちへの心付けも忘れてはならない。

そもそも「花魁道中」いうのは花魁が「揚屋」または「引手茶屋」へ移動するときに行うもの。
一両が大体サラリーマンの平均月収くらいらしいから大変だ。
(貨幣価値を換算するのは難しいので、ここでは本書のとおりに記す)

華やかな四季折々の行事は吉原の書き入れ時。
面白いことに吉原では門松を店の方に向けて立てたらしい。
向かいの店と背を合わせる形になる。
この背中合わせの松飾を詠んだ川柳がある。

「松飾り 後ろを向ける別世界」

春は花見だ。
映画「さくらん」で吉原一面に桜が咲くシーンがあるが、あれは何も特別な事ではないらしい。
桜見物も廓内での行事のひとつ。

毎年、背を低く育てた開花間近の桜を植え込むのだそうである。
そして、見事に咲かせるのが植木屋の腕の見せ所。

「夜桜を 見せ山吹をひつたくり」
と川柳にあるとおり、花見の四月は衣替えをしなければならず、費用の捻出に頭を悩ます遊女たちには格好の稼ぎ時だった様だ。
何せ、自分だけじゃなく妹女郎の面倒も見なければならない。
お気づきとは思うが、ここでいう「山吹」は時代劇でも耳にする「山吹色の菓子」、小判である。


女である身の私にとって、「男の天国女の地獄」を痛切に感じる事は、やはり病気や妊娠についてである。
一応、詰め紙をするというアテにならない避妊法はあったらしい。
が、それでも望まぬ妊娠を、誰とも分からない人の子を宿してしまったら……。
やはり堕胎させられてしまう。

それも、稼ぎのいい女郎は医者を呼んでもらえるが、そうでない場合は「遣手婆」が行う事になる。
ほおずきの根などを子宮へ差し入れ胎児を突付き殺すという恐ろしい方法で。
当然、そんな事では母体も無事では済まない。最悪、死んでしまう。

病気についても同じこと。
死んだ女郎は近くの浄閑寺に投げ込まれる。
浄閑寺には「投げ込み寺」という異名があるくらいだから、どれだけ頻繁だったかは想像に難くない。
現在では慰霊塔が建っているという。


その「地獄」から死ぬこと以外に抜け出す方法は、身請けされるか年季が明けるか。
実はもう一つある。
27歳の暮れで遊女は「定年」を迎えるのだ。

しかし、行き場のない遊女は店を追い出されるだけ。
更なる「地獄」が待っている。
最下級の切見店に行く事になるのだ。
掛け布団も、トイレも無い。避妊の為の紙も硬い粗悪品。
……身がすくむ思いがする。


最後に今でも使われる言葉、「源氏名」の由来をご紹介しよう。
元々は、『源氏物語 五十四帖』の各章からとっているのだとか。
そして、代々妓楼に伝わる名を継いでいく。
だから最高の太夫名「高尾」は時代を超えて何人も存在する。
よく見る名前に「瀬川」もある。

知れば知るほど「ありんす国」は奥が深い。
そして、哀しい。

「この世は苦界にございますよ
気に入ることなんかひとつだって ありゃしねえんだよ」

                       『さくらん』(安野モヨコ)より









【関連】映画「さくらん」公式サイト(*音注意)

  


| 江戸文化 | 22:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

『武士語でござる』

幼い私が一番初めに抱いた「将来の夢」。
それは「チャンバラのお姫様になる」事。

それくらいだから、時代劇で使う言葉には精通していると思っていた。
解説など無用だと思っていた。

が。

これはしたり!

面白くて止まらんでござる。


「シチュエーションごとに使われる武士語」として、いきなり「仇討ち」が始まるのでござるよ。
しかも、 「ややっ!」 と仇を発見するところから始まって、 「本懐を遂げる」 で終わる。
その間にも 「助太刀」 が入ったりとか、もう時代劇ファンにはたまらん展開なのでござるよ。


それに、時代劇大好きな私が誤解してた武士語がひとつあった!
「よきにはからえ」 である。
なんか、「任せるから、ちゃんとやっといてね」くらいのニュアンスでとらえていたけれど、実のところ 「失敗したときの責任は、お前がとれよ」 という恐ろしい意味が含まれていたらしい。
ひぃぃ~…!こ、これは言われたくないっっ。


でも、そういう笑える部分だけでなく、「武士語とはなんぞや?」というところも解説されている。
なんでも、参勤交代で江戸と国許を行ったり来たりする様になって、他の地方(藩)の人々とも円滑にコミュニケーションをとる必要があったからなんだとか。
「ござる言葉」が確立した時期は、だいたい寛永、元禄あたりらしい。
(でも、その頃ってもう江戸中期だよね。初期は大変だったろうなぁ)
家康の元々のお膝元、三河の言葉も多く取り入れられているんだとか。

他にも、スネちゃまのママが使う「~~ザマス」なんかの「ザァマス言葉」は吉原の「ありんす言葉」が語源らしい。
請け出された遊女や、そこで遊んでた金持ち連中が家庭に持ち込んだという説があるんだとか。

最後に、この本の極め付きをご紹介しようと思う。

♪泣かしたこともござるよ 
♪冷たくすれども
♪寄りて添う心根があれば良いのでござる


言うまでもなく、サザンオールスターズの「愛しのエリー」の武士語訳である。
また違った味わいがあるものでござるよなぁ。



【要らざる事】

要らざる事は承知の上で、サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」のサビを勝手に武士語にしてみる。

♪今、何時(なんどき)なるや
♪そうさなぁ、曖昧にござるが
♪今、何時(なんどき)なるや
♪暫し待たれよ
♪今何時(なんどき)なるや
♪まだ早うござる

…こんな具合でござろうか?
失礼仕った!



| 江戸文化 | 18:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |