ちった図書室 ~Bibliothèque de Cittagazze~

手当たり次第に読んだ本を手当たり次第に記していこうという、意気込みだけは凄い図書室。目指すは本のソムリエです。

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『ガセネッタ&シモネッタ』

通訳者は、誰しも多少の差はあれ、ガセネッタ・ダジャーレでありシモネッタ・ドッジなのかもしれない。


ひたすらに他言語を日本語に訳する通訳者の皆様。
プライベートでは下ネタとダジャレで遊びたくなるのが常らしい。

言語の楽しさ、面白さ、怖ろしさ。
米原姐さんは、それを非常に分かりやすく伝えてくれながら、ちょっと背筋が寒くなるような事も教えてくれる。
例えば、少数民族の教科書と辞書をも自国語に訳す計画経済化のロシアとか。
日本が誇る『源氏物語』『平家物語』は勿論、『大宝律令』までロシア語版が存在するというのだから恐るべし。

言葉は文化だ。
図書館に収蔵するのではなく「計画経済」というと、文化をまるっと取り込まれるようで恐ろしい。

文化、という面で反対に心強く思ったのが「ことばは生き物」「流行りことばも認めようよ」というくだりだ。
ことばの乱れと言われるが、それもまた表現。
改めて、ことばのプロフェッショナルに言われると安心する。
ヤベェ~米原姐さんマジパネェ!!
……まぁ、TPOをわきまえるのが大前提ですが。

ただ、間違いは気になる。
最近気になって仕方ないのは「少しづつ」。
正しくは「少しずつ」だ!
NHKでまで使い出したからモヤモヤが止まらない。もう諦めるしかないのか……。

それから、ジェンダー。
日本語にある「男ことば」「女ことば」は人格形成に顕著にあらわれる。
今なら「オネェことば」も入るのかしら。
一人称からして様々ある日本語って本当に奥が深い。

読書をしていると、言葉狩りの怖さも身に染みる。
差別するのは「ことば」ではなく「発する人の気持ち」なのだから。
だから、ついつい古本に手が出てしまうのだ。
「言霊」というくらいで、作者の意に反して直された語は薄っぺらで、魂は宿っていないからね。

背景を知って、「使うべき言葉」を責任をもって取捨選択できるようになりたいものですわね。

それでは、また。
ごきげんよう。





| 米原万里 | 20:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『女づくり』

市川春猿丈による背筋がシャキリと伸びるようなエッセイ。
熱いです。
そこまでするかッ!
あたいたちにできない事を平然とやってのけるッ!そこにシビれる!あこがれるゥ!

……そんなことをのたまってしまう私には千年経っても到達できないような気がしました。

さて、味噌汁で顔を洗って出直し まして。

まずは前半に書いてあるお作法をお勉強です。
花火大会に浴衣で行く予定があったので丁度いいし。

結果はまぁ着慣れないもの着てぐったり疲れたので赤点もいいところですが、「ここを気を付けよう」「あ、これじゃだめだめっ」と、自分なりには気を付けられたかなぁと思います。

気を付けるポイントが分かっただけでも凄いこと。
されど言うは易し行うは難し。
でもでも千里の道も一歩から、なのです。

読みながら「着物って半襟が面倒なのよね~」と思っていたら、しっかり対策が書いてありました。
ごめんなさい、ごめんなさいっ。(なぜか謝りたくなる)


そんな風にレッスンは続き、内面へ。

ここは流石、女形。
「いい女」とはなんぞや、ということを男性面女性両方から考えていらっしゃる。
その観察眼の鋭く深いこと!

ただ雑誌を読むだけでも目に留まった広告などを「どこに惹かれたのか」と観察したり。
「己を知ること」として自分観察。
チャームポイントとウィークポイントを押さえてメイクを工夫したり。

そうなのよね、雑誌に書いてあるメイク方法だと皆同じ顔になっちゃう。
分かっているのについついそれをお手本のようにマネしちゃう。
よくある「○○顔になろう!」なんて特集は最たるもの。
それって、せっかくもってる自分だけのチャームポイントを放棄したも同然なのかも。

またしても背筋シャッキリです。


歌舞伎ファンには裏話も嬉しいところ。
どうやって男が「女」を演じるのか。
それはもう舞台以前の、舞台袖の、その更に奥の奥から始まっているのですね。
はー、すごい。


スラスラ読めてしまうのに、ぐぐっと深い一冊でありました。

あぁ歌舞伎が観たい!!




| エッセイ | 07:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『トリックスターから、空へ』

太田がトリックスターなのは分かる。だがなぜ空へ行くのだ。どこへ行くのだ。
などど思いながらページを開いた。

始めはとても面白く読み進めていた。
「なるほど」と思ったり、「ふーん」などと言ったり。
爆笑問題は好きな芸人であるが、その感性はやはり好きだなぁと思った。

だが、だんだん読むのがしんどくなってきた。
断じて著者のせいではない。
ここまで書かざるを得なかった小泉政治のせいだと言いたい。
そして、自民党の「置き土産」に苦しんでいる現在の状況。
だからしんどいのだ。
続いてるから。変わってないから。

著者はこう書いている。
この世界に彩りを加える、大きなイロモノでありたい。

私は明るい世界が見たい。笑っていたい。
いや、全てを笑いに変えられる様に過ごしたい。

しかし、世界のどこかで人が死ぬ。
自然ではない方法で死んでいく。
歴史が凄い速さで動いている。
「テロに屈するな」という言葉は、まだ突き刺さったまま、痛い。




| エッセイ | 10:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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