ちった図書室 ~Bibliothèque de Cittagazze~

手当たり次第に読んだ本を手当たり次第に記していこうという、意気込みだけは凄い図書室。目指すは本のソムリエです。

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『さがしもの』

本が旅をする。
人の手から手へ。
場所から場所へ。
古書店や図書館が好きな私にとって、それはある意味「当たり前」であり「日常の風景」だ。

そんな本に纏わる人々を描いた9編の物語。

「旅する本」
「だれか」
「手紙」
「彼と私の本棚」
「不幸の種」
「引き出しの奥」
「ミツザワ書店」
「さがしもの」
「初バレンタイン」


ただ、私と著者、角田光代氏の価値観はかなり違う。
男性との付き合い方も。
本との付き合い方も。
私は別れた男性と友人にはなれないし、旅行先で本を読むこともしない。

だから期待した内容とはだいぶ違った。
しかし、そんなことは当たり前だ。
著者もそれは先刻承知。
巻末の 「あとがきエッセイ」 で本との交友録を語り、また読者にも投げかける。

この本は「本を愛する人」同士を繋ぐ、ジョイント的存在なのかもしれない。
そう考えるとしっくりくる。





| 国内 | 00:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『八月の博物館』

「暑い、暑い」と言いながら読みたいと思った。
セミの声を聞きながら読みたかった。
約十年ぶりの再読である。

心のなかで「まだ読めていない」と引っかかっている本だった。
読み終えて、地球が自転する限り「フーコーの振り子」が動き続けるように、私も確かに動き続けていたのだと実感した。
「やっと読めた」という充足感を得た。
そして、まだまだ動き続けていくのだという未来を確信できた。

本書は瀬名作品によくみられる「入れ子構造」になっている。
いくつもの「物語」が同時に進み、関わり合いながら集約されていく。
「物語」と「物語」の“繋がり”こそが、本書の重要なテーマだ。

エンデの『はてしない物語』が、バスチアン、アトレーユ、読者、と繋がっていくように。

本書のバスチアンは“物語に感動できなくなった作家”だ。
彼は打開策を得ようと、子供の頃に一度だけ行ったことがある「不思議な博物館」へ自分の分身を向かわせる。
そうして、アトレーユ役“トオル”の冒険が始まる。


行き先は、エジプトのサッカラ。
博物館の案内役である少女、美宇と共に考古学者のオーギュスト・マリエットを訪ねる。
マリエットは「聖牛・アピス」の墳墓「セラペウム」を発掘した人物だ。
オペラ「アイーダ」の原作者でもある。

トオルと美宇は1867年のパリ万博にも訪れる。
日本が初めて参加した国際博覧会だ。

二人は様々な博物館、美術館を巡る。
全ては「作家が物語を書く為」に。

雑多なヴンダーカンマーを整理して、それぞれの物語を語るのが博物館の役目だと美宇は言う。
それには「作家」が必要なのだと。

美宇の父親、満月博士は「見せ方」の大事さをトオルに語る。
如何にして見せる物を「魅せる」か。
効果的に、分かりやすく、楽しく、面白く、時に驚かせて。
どうしたら興味を持ってもらえるのか。
それが博物館の役目であり、作家の役割であるのだと。

ゴタゴタしたヴンダーカンマーの中の物にも、ひとつひとつに説明文をつければ、そこには物語が生まれる。
それは「展示品」になる。
そうやって見てもらう物と見る人を“繋げる”のが「博物館」だ。


初めて本書を読んだ時は邪魔にさえ感じた「作家」という役割。
しかし、こうしてブックレビューを書くようになった今、それは全く逆になった。

私は時空を超えて冒険する「トオル」じゃない。
悩める「作家」の方だ。おこがましいけれど、気持ちはこちら側。

そして、本書を読んでいる「読者」であり、更には本の「紹介者」だ。
本の魅力をどうご紹介しようか、ということに腐心する。

そうやって出来上がったこのブログは「私が作った博物館」だと思う。

物語はすすんでいる。

物語はすすみ、物語は続いていく。
もし、このレビューを読んで下さった方に『八月の博物館』を手に取っていただけたなら、それこそが“繋がり”であり、新しい物語の続きなのだと思う。

本を読む。
これは紛れもない冒険であると思う。
その「冒険の扉」へのご紹介ができたなら、これほど嬉しいことはない。

トオルと美宇のように、今日も私は新しい扉を開ける。
それには呪文が必要だ。

「ひらけ、ゴマ!」





| 瀬名秀明 | 12:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『黒蜥蜴』(戯曲)

面白い!!
江戸川乱歩の原作から一歩踏み込んで、「女賊・黒蜥蜴」と「探偵・明智小五郎」の“知られてはいけない恋”が主軸に置かれている。
ケレン味をたっぷり利かせて、芝居としての妖しさを引き立てる。

三島由紀夫が楽しんで書いたというのが伝わってくるなぁ。
もちろん、原作ありきの大胆な演出なのだけれど、こうも味付けが変わるとは!

また、刺青の「黒蜥蜴」の理由も明らかになっている。
これがまた素敵!

組織内の階級の最上位が「爬虫類の位」なのである。
黒蜥蜴に認められる最上の誉れ。
“女王の気高さ”が刺青と夫人に宿る。

そして少女のような恋心と、女王の恋情。

でも心の世界では、あなたが泥棒で、わたしが探偵だったわ。

このセリフ、舞台で聞いてみたかったなぁ……。



さて、実は本書は戯曲に止まらない。

収録されている座談会、その名も「狐狗狸の夕べ」
このまま読んで大丈夫か?
呪われないか?


LvE

さあ、どうする?
どうする!?
……思わず『レベルE』のクラフトさんになってしまった。


だって、メンバーが凄い。

江戸川乱歩、三島由紀夫、芥川比呂志、杉村春子、松浦竹夫、山村正夫。

すでに、なんかでてる。
でてるでしょ。

ミステリ座談会なのに何故か怖いものの話になって、そのまた何故かコックリさんを始めてしまうのである。
まさに、「予想の斜め上をいく」を体現しているではないか!

三島が内田百閒の 『サラサーテの盤』 をしきりに怖がっているのもなんだか面白い。

この対談では何の反応もなかったらしいのだが、さしものコックリさんもビビッてでられなかったのではないかと思う。

他にも美輪様こと美輪明宏との対談など「三島版・黒蜥蜴」がぎっしり詰まった濃厚な一冊。
宝石「エジプトの星」より価値のあるお宝だ。





| 三島由紀夫 | 15:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『黒蜥蜴』

小学校から帰ってくると、天知茂氏の演じる明智小五郎がバリバリっと変装を解いていたのを思い出す。
ちょうど再放送の時間だったらしく、来る日も来る日も明智小五郎と美女とが鏡の回廊などの妖しい場所で対決していた。
そんなこんなをサブリミナル効果のごとく叩き込まれ、それは私の一部になってしまった気がする。

その美女の一人に、きっと緑川夫人こと「女賊・黒蜥蜴」も存在したのだろう。
美しいものを子供のように愛し、欲しがる。
かくれんぼに興じながら小さな虫の羽をむしり取る事に楽しささえ感じる、無垢な子供の怖さを兼ね備えた女。


「(略)あたしの目的はお金ではないの。この世の美しいものという美しいものを、すっかり集めてみたいのがあたしの念願なのよ。宝石や美しい人や……」

「え、人間までも?」

「そうよ。美しい人間は、美術品以上だわ。(略)」



ダメだっ!
後半が「綺麗」より「気持ち悪い」になってしまってダメだった。
私のなかでは美しさよりもグロテスクの方に傾いてしまう。
というか、冒頭の裸踊りからワケワカラン。
私が乱歩を読み慣れていないからだろうか。
刺青が「黒蜥蜴」なのも理由が分からない。

では、どんな刺青なら納得するかしら、と考える。

……黒い揚羽蝶ではどうだろう?
我が家の庭には夏になると必ず来ては翻弄するように飛び回って、いくつもの花の蜜を吸っていく。
他の蝶にはない大胆さがある。
そして、黒い羽の下の方には血の様な赤い斑紋。

「女賊・黒揚羽」の方がいいなぁ。
生意気な思いと共に庭を眺め、また本に目を落とした。





| ミステリ(国内) | 06:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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